【イスラエル】ユダヤ人の印象が180度変わる、パレスチナ自治区へ。

おはようございます。なお吉です。

今日はイスラエルの全く異色な部分、パレスチナ自治区に行ったお話。


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前回の記事に書いたホロコーストから、世界一般には”悲劇の民族”として見られることの多いユダヤ人。

 

虐殺や迫害の歴史から、それは当然の見方。

 

ただ、そのユダヤ人が”迫害する側”に回っている場所があります。

 

しかも現在進行形で。

 

それこそ、パレスチナ自治区です。

 

そんなパレスチナ自治区の実情を見に、パレスチナ自治区の中でもエルサレムから日帰りで行けるベツレヘム、ヘブロンに行ってきました。

 

ベツレヘム、ヘブロンへの行き方

これらの街へはエルサレムからのバスを利用します。

 

まずはベツレヘムへ向かいます。

 

エルサレムの玄関口であるダマスクス門から西にすぐの場所にあるArab bus stationから231番のバスで一本。

 

※未確認ですが、21番、234番のバスでも行けるとのネット情報もあります。

 

6.8シュケル

 

1時間弱でここに到着します。

 

ヘブロンへはここからバスを乗り換えます。

 

ベツレヘム行きのバスを降りた場所から徒歩3分程の場所にある路肩が乗り場。

 

※道行く人にヘブロン行きのバスと聞けばだいたい教えてくれます。

 

客引きがいるので、ヘブロン行きかを確認し乗車。

 

6シュケル

 

同じく1時間弱でこの病院前で降ろされます。

 

帰りはそれぞれのバスの降りた場所が乗り場になっているので、全く逆のルートを辿れば帰れます。

 

※ベツレヘムからエルサレムへ帰るバスの最終が19:30なので、その点だけ注意。

 

パレスチナ自治区とユダヤ人居住区

パレスチナ自治区の話に入る前にパレスチナ問題について触れる必要がありますね。

 

詳細を書き始めるとそれだけで本記事が終わってしまうので、詳しくは例えばこちらを参照してください。

 

ざっくり言うと、元々(と言っても数千年前)はユダヤ人の国があった空っぽの土地(イスラエル)にアラブ人が住んだいたら、後から元の持ち主のユダヤ人が帰ってきた。その当時は仲良く暮らしていたのに、イギリスが両者にどちらにもこの地に独立国家を作ると余計な事を約束し、アメリカで力を持つユダヤ人の国の方を国連が認めちゃって、結果的にアラブ人の国を奪う形になったため争いに発展したって話。

 

まぁ端から見ると、イギリスが自分の国の土地差し出してでも責任取れよって話ですよね。

 

その話は置いておいて、追いやられたアラブ人たちが住んでいるのがここパレスチナ自治区。

 

そのパレスチナ自治区にて、ユダヤ人がアラブ人を管理・迫害している事実があるというのです。

 

まずはヘブロンに降り立ってみます。

 

バスを降りてまず感じたことは、街に活気が溢れていること。

 

パレスチナ自治区と聞いて、抑圧された沈んだ空気の場所かと思っていたのですが、実際には商店が立ち並び、アラブ人たちの活気溢れる生活がそこにはありました。

 

 

街中の人も非常にフレンドリー。

 

お腹が空いたので、ファラフェルサンド屋へ。

 

おじさん達もすごく気さくで、凄い居心地の良さを感じました。

 

ファラフェルサンドを待っている間に仲良くなり、これ食べるか!?と試食をいっぱいさせてもらいました。

 

ファラフェルサンド。

 

2シュケル

 

安っ。

 

そう、パレスチナ自治区はエルサレムと異なり、かなり物価が安いのです。

 

感覚的にはヨルダンと同じぐらいかな。

 

バックパッカーが旅をするにはエルサレムよりパレスチナ自治区を拠点にした方が旅はやりやすいですね。

 

そんな感じでパレスチナ自治区を歩いていき、目的の場所に到着しました。

 

パレスチナ自治区のユダヤ人居住区。

 

そう、アラブ人の住む地区であるのに、ユダヤ人居住区があります。

 

それだけでも少し違和感を覚えるのですが、それ以上に疑問を抱くのがこちら。

 

まるで検問。

 

そう、ここから先がユダヤ人居住区であり、ここから先にはアラブ人は入ることが出来ないのです。

 

観光客はパスポートの提示や荷物検査を経て、中に入ることが出来ます。

 

ここで宿で一緒だったオランダ人と偶然再会し、彼女がお願いしていたガイドさんと3人で回ることに。

 

パレスチナ問題に正直そこまで知識を持たない僕からすると本当に有り難い。

 

さて、中に入った瞬間、さっきまでと異なる雰囲気に愕然とします。

 

人が誰もいない。

 

ここの入り口まであれだけ活気のあった雰囲気が、検問ひとつで全く違う街のように変わり果てます。

 

中には多くのイスラエル兵が駐留しており、街の状況を監視しているようです。

 

ここ自体も元々はアラブ人が生活していた地域。

 

それがユダヤ人が住むようになり、イスラエル兵が駐留するようになり、ユダヤ人の保護下になっていったようです。

 

この階段の上は元々は学校だったそうです。

 

ただ、今は有刺鉄線で封鎖され、子どもの声は全く聞こえてきません。

 

また、街の至る所にこのように封鎖ブロックが目につきます。

 

これを見ると、ここは”支配された空間”であることがまざまざと感じさせられます。

 

普通の街ではまず道を封鎖ブロックで閉ざすことなんてないじゃないですか。

 

だからこそ、この封鎖が元来計画されたのではなく、短期間の間に強制的に行われたということを意味しているように僕には感じられました。

 

あと、違和感を覚えたのはこの至る所に掲げられたり描かれたイスラエル国旗。

 

パレスチナとイスラエルは国旗が異なります。

 

パレスチナの国旗はこちら。

 

ヨルダン国旗に似ていますね。星があるかないかの違い。

 

それなのにパレスチナ国旗ではなく、ここではイスラエル国旗が掲げられているのです。

 

まさにここはイスラエルだと主張するかのように。迫害・管理の象徴のように。

 

これだけでも中々ショッキングな状況なのですが、僕が最も衝撃を受けたのが、この家。

 

この家はアラブ人の家です。

 

”パレスチナ自治区というアラブ人の居住区”の中にある”ユダヤ人居住区”の中にある”アラブ人家族の家”。

 

中々複雑な状況ですが、ユダヤ人居住区の中にあるアラブ人の家という、通常は住んでは行けない場所。

 

なぜそこに家を構えているのかは不明ですが、この家の入り口はこのようになっています。

 

この家族はユダヤ人の許可がないと外出さえも許されないのです。

 

この扉を開けようとしようものなら、ライトと大音量のアラーム音がなり、直ぐ様イスラエル兵が駆けつけてきます。

 

この家のアラブ人には自由がないのです。

 

ユダヤ人居住区と言えど、パレスチナ自治区の中なのに。

 

これこそ、アラブ人とユダヤ人との力関係を如実に示している現実だと感じました。

 

パレスチナ自治区とイスラエルを隔てる分離壁

中々重たい事実を目の当たりにし、悲劇の民族・ユダヤ人との印象が崩れ始めてきました。

 

そんな中、ヘブロンからベツレヘムへ戻ります。

 

ベツレヘムではこのパレスチナ問題を考えるに当たり、見なければならないものがあります。

 

それが分離壁です。

 

イスラエルとパレスチナ自治区を明確に分けるために作られたこの分離壁。

 

実はユダヤ人により、定められた境界線より内側に作られているというのです。

 

つまり、パレスチナ自治区が小さくなるように作られたということ。

 

イスラエル国内におけるユダヤ人とアラブ人の力関係を明示してるかのようです。

 

ただ、この分離壁にはアラブ人たちの願いが込められたグラフィティー(落書き)が多数書かれているそうです。

 

グラフィティーは市街地から離れている場所に点在しているので、タクシーを使います。

 

※今回お願いしたタクシードライバー。仲良し。

 

僕は1時間弱で5点程のグラフィティーを巡るプランにし、50シュケル(約1500円)でした。

※時間がなかったのでこの料金でお願いしましたが、正直もう少し値切れるかと思います。

 

実際、色々見て回ったグラフィティーにはたくさんの願いが込められていました。

 

分離壁をエスカレーターで越えていく願い。

 

分離壁が倒されていく願い。自由への願いが込められているように感じました。

 

これはこれまでのパレスチナ紛争を描いたグラフィティーかと。”We can’t live”の文字に迫るものがありました。

 

途中、パレスチナ問題の解決への願いが込められた鍵のオブジェなんかも見ることが出来ました。

 

場所が変わり、これは自由の女神がパレスチナ紛争で犠牲になった子を抱き上げるグラフィティー。これがユダヤ人とアラブ人だけの問題ではない(実際にアメリカやイギリスはユダヤ人側に軍事援助を行っているとか)ことを示しているかのようです。

 

アメリカ関連で言えば、一番最近出来たと言われたグラフィティーがこちら。

 

トランプ大統領。

 

今回の大統領就任がパレスチナ問題を解決させ、兄弟になる。

 

そのような希望をこのグラフィティーに込めたように感じ取れました。

 

これは分離壁の亀裂を子供たちが発見している様子を表現したグラフィティー。

 

一つの亀裂から、分離壁が崩壊することを望んでいるように感じました。

 

有名ではないですが、個人的にぐっと来たグラフィティーがこちら。

 

先程の鍵のオブジェを、パレスチナ国家を手首に巻いた手が握り掲げている様子。

 

イスラエル国旗にあるダビデの星が分離壁で作られていたり、様々な意味合いが含まれたメッセージ性と芸術性を兼ね備えたグラフィティー。

 

これはパレスチナ紛争による犠牲者に対し、アラブ人兵士が祈りを捧げている様子のグラフィティー。

 

このようにメッセージ性の強いグラフィティーが数多くあるのですが、やはりこのようなグラフィティーが数多くあると、このような事態も発生します。

 

平和の象徴、鳩が狙われています。有名なグラフィティーなのですが、これは意図が不明。戦争に対する反対意味を含んでいるのだと思いますが、パレスチナ問題とは少し関連性が薄いように思えます。

 

他にもこのようなただの落書き場所になっているところも。パレスチナ問題解決を願うグラフィティーが混ざってしまうので、あまり気持ちのよいものではなかったのが正直なところ。

 

これはここだけでなく、よくある事象。

 

メッセージ性のある芸術に乗っかり、意味のない芸術も加えられるというのは、確かに見栄えは華やかになります。

 

ただ、本来の意味を考えると少し控えるべきではないかと個人的には思います。

 

最後に一番有名なグラフィティーを。

 

これはアラブ人の子どもがイスラエル兵に対し、身体検査を行っている様子。

 

現在行われている逆のことを描くことでの現在の状況への風刺画。

 

ただ、このグラフィティーは現在、悪徳な土産物屋が独自に管理しているため、中々見ることが出来ません。

 

今回タクシーの運転手にその土産物屋に連れて行ってもらいましたが、彼らの対応は決して気持ちのよいものではありませんでした。

 

せっかく意味の深いグラフィティーだけに個人の利益のために隔離されているのは非常に残念。

 

これらのように少しその意図から外れたものはありますが、メッセージ性のあるグラフィティーからはこのパレスチナ問題の解決を強く願う想いを感じ取ることが出来ました。

 

その他

ちょっと話の方向から外れるのですが、ここベツレヘムにはキリストが生まれたとされる教会があります。

 

せっかくベツレヘムに来たので、寄ってみました。

 

降誕教会(聖誕教会)

 

中に入ってみます。

 

絶賛改装中。

 

もうまんま工事現場。

 

ここまでガッツリ改装工事している教会も中々お目に掛かれません。

 

これはこれで新しいからいいか(白目)。

 

ちょうど訪問したタイミングで、この教会の地下室で祈りが捧げられており、狭いスペースながら多くの信仰者で溢れていたので、やはり威厳のある教会であるのは間違いないかと思います。

 

まとめ

今回のパレスチナ自治区への訪問を受け、ユダヤ人への印象が大きく変わりました。

 

これまではやはり虐殺・迫害の歴史のある”悲劇の民族”との印象が強かったのですが、その歴史を持つ彼らが今、迫害する側に立っていること。それも現在進行系で。

 

その事実が凄く悲しく思えました。

 

領土・民族問題なのでそう簡単な問題ではないことは重々承知しているつもりですが、彼らの悲劇の歴史を、現在はアラブ人への実効支配の対外的な同情を引くことに利用しているように思えてなりませんでした。

 

昔はアラブ人とユダヤ人は一緒にお茶を飲む程共存していたこともあったと聞きました。

 

そのような状態まで簡単には解決しないとは想いますが、少しでも歩み寄りがあり、まずはこの分離壁が解かれることを切に願います。

 

ではでは、今日はここまで。お付き合い頂き、ありがとうございました!


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6件のコメント

  1. 私も 今のイスラエルが、パレスチナ人にやっている事には嫌悪感を持つようになりました。昔、ナチにやられたことを、大虐殺はしてないにしても、パレスチナ人にしているように思えて仕方ない。

    1. そうなんですよね。
      結局は負の連鎖を続けちゃっているだけで。
      中々民族問題の根は深いです。

  2. そもそも中東のど真ん中に勝手に国を作る方が悪い。
    アインシュタインも言ってたが、アフリカの僻地にでも国を作ったほうが余程よかっただろう。
    彼はイスラエルの首相候補になってたらしいが、ならなくて正解だったな。

    1. コメントありがとうございます。
      歴史を辿れば”故郷”なのかもしれませんが、そんな云千年前の話なんてこだわる価値があるのかと僕も思います。
      その理由の薄いこだわりのせいで紛争に発展していては元も子もないですし。
      アインシュタインに関する話はまだまだ疎いので、調べてみます。
      情報ありがとうございます。

  3. 日本人が日本の国を追われ、ホロコーストの末に祖国に戻って来たとしたら、同じことが言えますか。薄いこだわりだと一蹴できますか。

    1. 既に住んでいた民族を追放・監視している現状の方が罪は重いというのが私の考えです。
      日本人が同様の弾圧を行ったとしてもそれは同じです。
      領土主張は全くもって問題ないと思いますが、問題はそのやり方。

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